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2014年12月1日

225. JR東日本 浜松町交流変電所(JR東海 浜松町周波数変換変電所併設←大井に移転)とその周辺

浜松町交流変電所

アプローチ:山手線浜松町駅 容易                                     
受電:新鶴見交流変電所からのOFAケーブル154kV地中3回線(1回線予備管が横須賀線沿いに敷設されている)

沿革
1971年東北・上越新幹線計画が決定され都心部への電源強化のため新鶴見交流変電所より154kVの都心への導入が行なわれ1975年浜松町交流変電所が建設された。

1975年松町交流変電所が建設。新鶴見交流変電所より東海道本線経由浜松町線1,2号新設。
1977年周波数変換機使用開始。 
1987年JR東海に移管。
2007年横須賀線経由浜松町線3号新設。
2012年周波数変換機廃止 JR東海から施設返還 名実ともにJR東日本 浜松町交流変電所として運用 都心への重要拠点変電所

給電:東京交流変電所66kV 1回線、横須賀線経由東京変電所66kV 2回線、丸の内開閉所66kV 2回線、大井ふ頭変電所 2回線、田町変電所22kV 1回線、呉服橋配電所経由神田交流変電所22kV 1回線、JR東海大井周波数変換変電所66kV 1回線
主変変圧器 LTC付き11万kVA×3台 154kV降圧66kV地中ケーブル補償用の分路リアクトルが設備されている。                                                  
送電用変圧器 5万kVA×2台 66kV降圧22kV

 東海道新幹線と東北上越新幹線は、当初の計画では直通とされたため東北・上越新幹線は、東海道新幹線の乗り入れを考慮し田端車両基地の東海道新幹線での運用を考えた。そのため異周波区分点が、王子付近に設けられる予定であったが、その計画は徐々に縮小され、異周波接続点は、東京駅ホームでの1線路までになった。しかし最終的に接続は行わないことになり、現在の形に落ち着いた。
 
 その後大井車両基地の建設など電源強化の必要が出てきて有効利用されていたが、回転式周波数変換機であったため設備の老朽化とメンテナンスを考え、またJR東日本からの強い明け渡し要請もあり、大井車両基地に新しく静止形の効率の良い周波数変換機を設置し運用を始めた。

 JR東日本は、東京駅付近の再開発など都心部の拠点の電源強化のため154kVの3回線を利用することができるようになっている。しかし浜松町FCでJR東海が利用していた60MW分の電源は、既得権から引続き大井周波数変換変電所へは、浜松町交変から新橋駅への洞道経由で66kVの1回線の地中ケーブルで60MW分の送電を行っている。
電力(W)=√3×線間電圧(V)×線電流(A)×力率   
60MW=60×1,000,000=1.73×66,000×A×0.95
34,682,081=66,000×A×0.95
525.486=0.95×A  A≒553A


変電所銘板は取り外されている。
しかしポストには…
左より 分路リアクトル2号、 主変2号154kV降圧66kV、送変1号66kV降圧22kV
分路リアクトル1号、主変1号154kV降圧66kV
奥より送変2号66kV降圧22kV、分路リアクトル3号、主変154kV降圧66kV3号
送変1号 66kV降圧22kV
分路リアクトル1号、主変1号154kV降圧66kV

分路リアクトル3号、主変154kV降圧66kV3号

奥 浜松町交流変電所 かつてあった芝浦線・日の出線跡が首都高下にまだ残っている。
この下に電力洞道が新橋変電所から浜松町交流変電所まで繋がっている。


参考文献

船越 昇:浜松町FC電気設備概要
電気鉄道;1976,Vol.30,No.8,pp.17-19

電力洞道位置
松井悦志ら:東海道新幹線浜松町架道橋付近線路切換工事-都営地下鉄12号線(大江戸線)交差に伴う防護工―
日本鉄道施設協会誌;2006,Vol.44,No.1,pp.52-54

古谷佳久ら:東海道新幹線浜松町架道橋付近線路切換工事-都営地下鉄12号線(大江戸線)交差に伴う防護工―
日本鉄道施設協会誌;1999,Vol.37,No.12,pp.892-894

磯島雅彦ら:横須賀線汐留換気所移転工事報告
東工技報;2004,Vol.17No.4,pp.196-207