2026年1月11日

1538. JR東日本 武蔵境変電所ー新宿変電所間66kV OFケーブル遺構の調査(油槽位置・PTH)

 武蔵境ー新宿変電所間は昭和27年代にOFケーブルによる66kV直接送電が行われていた。その後1991年ころから154kVOFAケーブル導入が行われている。

217. JR東日本 武蔵境新宿線154kV 2回線経路 (交流)

 地中送電線路66kV3.7万kW(一心×3)×2回線を1993年12月 154kV10万kW三心×2回線に増強 新宿変電所の電力を新鶴見電源が入るまで支えた。今は新宿変電所は武蔵境154kV、新鶴見66kVで二重化されている。

 昔のOFケーブルはその構造上約2㎞置きに圧力油槽を設けて常時圧力をモニターする必要がある。また長尺ケーブルが作成できないため約200~500m置きに接続部の人孔もしくはハンドホールが必要となっていた。

 70年以上前の66㎸OFケーブの遺構があるかどうか新宿駅(正確には大久保駅)から武蔵境まで調査した。もとになる資料は以下の図

約2㎞置きに圧力油槽設備(PTH)が設けられている

このような建屋が中央線沿線上にあったはずである

OFケーブルの例 黒い方がアルミ外装OFAケーブル、2号線と書いてある方がCVTケーブル
コンピユーターセンタ(マルス)OFケーブル1号線とCVT2号線

 昭和27年当時は三心のOFケーブルは、まだ完成しておらず一心のジュート(麻)巻で鉛被覆を保護していた。そのため三相の場合3本1組となる。

その当時の一心OFケーブル 
外装が麻巻これがアルミ外装となり三心となったのが上のOFケーブル

当時の敷設状態 線路脇に敷設 盛り土部

 中央線はは、現在新宿ー東中野間が盛り土、東中野から中野、高円寺手前が掘割り、そこから高架で荻窪手前まで荻窪から三鷹まで盛り土。三鷹から武蔵境までは高架となっている。

昭和25年は、高架がなく全ての盛り土と掘割りだった。

 高架化が始まったのが1964年中野駅 - 荻窪駅間さらに1966年中野駅 - 荻窪駅間が高架・複々線化、1967年荻窪駅 - 三鷹駅間が高架化されているので一番先に上げた経路の図は高架化前の経路と見て良いだろう。

 高架の際に線路脇の圧力油槽(PTH)が収容されている建屋は移動されている可能性が高いので残っているのは中野ー大久保間となる。たぶん

 敷設㎞を頼り圧力油槽(PTH)が収容されている建屋を大久保側から徒歩で調査した。

大久保寄りがNo.8から順に番号が下がるので、全部で8か所
新宿変電所から1㎞地点にNo.8があるはず

まずは、最後のNo.8 PTHの位置 線路沿いに建屋があるが道が無いので隙間から調査

古い建屋があり、全体が崩落防止のため金属の箍が掛かっている。
また網で覆われている

古い建屋があり、全体が崩落防止のため金属の箍が掛かっている。
また網で覆われている

これを仮にNo.8として、ここから1670mでNo.7があるはず。

1670m付近 同様な様式の建屋があった。
何か黄色の表示が見える 1670m地点

さらに寄る


標識拡大 7号圧力油槽所の表示 当たり

ここがNo.7だとすると距離的に最初の建屋がNo.8となる。

ドアが開いていたので内部撮影 圧力油槽は無いが接続配管が残っている
油槽は全部で4台設置されていたようだ。
このころの絶縁油はPCBが含まれている可能性が大きい

次はNo.6だが高架部に当たるので無い可能性が高い。No.7から1904m

 中野駅手前の坂部分から線路際から道路に管路が出ているようだ。マンホールの蓋がJRなので1987年以降に作られたか高架化された際に移設された可能性が高い。つまり66kVの管路を利用して22kVケーブルを敷設している。


奥に中野駅緩行線プラットホーム
154kVは別位置に敷設されているので22kV×1回線のケーブルと思われる



このハンドホールから道路側に移動

道路に人孔、この左にハンドホールがある
 本来は66kV用だったが武蔵境-新宿線が別経路で154kVに変更されたので22kVを通しても問題ない 人孔の蓋はJR表示に交換されているようだ。

駅前の人孔 そばで掘削工事が行われている

基礎が埋め込まれているが右上に人孔の箱が見えない。人孔はかなり深い位置にあるようだ

高円寺方ガード横断歩道横の人孔

高円寺に向かって左の側道に人孔が続いている

人孔の蓋だけJRに交換されているようだ


中野駅構内を抜ける




高架部に入る





なんとNo.6圧力油槽所があった。No.7からちょうど約1900m地点一応          ドアが付いているがシーリングされており開けることはできない


高架下のNo.6の油槽所

 この高架ができたのが1964年中野駅 - 荻窪駅間の高架化だから一端 高架工事の際に移転その後高架化後に再度移転したものと推測する。高架下なら建屋はいらない


人孔と油槽所の位置 

このNo.6の油槽の位置の裏には22kV受電の高円寺変電所があるので高円寺変電所側も調査


高円寺変電所前の側道 人孔が2つ






緩行線と東西線のき電線引き入れ部

急行線(快速)のき電線引き入れ部

ラックで正面に



建屋部

高架側き電線帰線引き入れ部 22kV送電線の引き入れが見られない
あるのはき電線、帰線、高配

変電所側 白板は帰線(緩行、急行線)東西線の帰線は緩行線で代用?

帰線部下り線用 緩行、急行用

帰線部下り線用 緩行、急行用立ち上がり部

側面 この手前の奥の建屋がどうも距離的に154kVOFケーブルの油槽らしい(未確認)

東京ガスの電気防食用の排流装置がある。


この人孔の位置から環七を越えて高円寺駅までは側道に人孔が無い。

 中野駅からの22㎸ケーブル1回線は一端高円寺変電所に引き入れられて、この部分から高架上に敷設されているようだ。(想像)66kV OFケーブルの経路を利用

次はNo.5 No.6の位置から2230mの位置 阿佐ヶ谷駅の先

油槽があったが、これは武蔵境-新宿線の154kV  OFケーブルの油槽
 
66㎸ 後の154㎸化のOFケーブルのための油槽であった

高架上高尾に向かって右に154kVOFケーブルが敷設されている
高架から油圧パイプが降りてきている



油槽室内に引き下ろされている





大きな油圧タンクが4基(1回線2基×2)

 これは66kV OFケーブルから154kVOFケーブルに変更の際に旧66kVの設備の場所を利用していたためではないかと思われる。


No.5油槽所周辺のJR人孔位置

かなり線路から離れた経路でJR人孔が続いている。途中で探すのを止めた。

 次は、No.4の位置 阿佐ヶ谷から1816m これはちょうど荻窪変電所の位置 荻窪変電所は昭和15年輸送力増強のため土地は確保されていたが開戦となり戦費増大により新設が見送られていた。土地があったので油槽を置くのにちょうどよかったと思われる。荻窪変電所は、昭和29年着工で昭和30年運開している。高架化される前であり変電所内ならば油槽が置ける。


66kV 武蔵境-新宿線が運開したのは昭和27年 昭和28年時点では武蔵境ー新宿線66kVは寄り道しないで武蔵境と新宿間の送電を行なっている。武蔵境と新宿間には東中野に変電所があるだけでこれは22㎸SLケーブルで送電が行われていた。前述のように荻窪変電所が出来たのが昭和30年なので記載がない(但し土地はあった)



荻窪変電所の位置を拡大

丁度線路を横断して現在ある荻窪変電所の位置に距離的にも合う

よってNo.4油槽は荻窪変電所の位置。No.3は荻窪変電所から1k528mの位置

No.3の位置にはスーパーが出来ていた。荻窪から1K528m付近

 この部分の高架は1967年荻窪駅 - 三鷹駅間が高架化されているのでそのころ油槽所があったのだろう。1991年に154kVOFAケーブル敷設なのでその時点で66kVOFケーブルの敷設ラインと油槽所が撤去、旧国鉄の人孔は埋め戻しが大変なので残っていると思われる。

スーパーの前には旧国鉄の人孔がある。

 No.3から次はNo.2までの1910m この位置は吉祥寺変電所の場所と合致するので変電所内に油槽所が設けられたものと推定する。

 No.2から次のNo.1までは2000m 丁度三鷹駅の北端で高架になる部分。高架下には油槽所らしきものは無かったが、線路脇に人孔と特高ケーブルが埋められている表示があった。

三鷹電車区の側道に人孔あり

特高ケーブルが埋められている表示

特高ケーブルが埋められている表示

特高ケーブルが埋められている表示

特高ケーブルが埋められている表示

特高ケーブルが埋められている表示

吉祥寺から2000mの位置の人孔の口径が今までの1.2倍位大きくなっている
丁度 高架化が始まる位置

3基の口径が大きい人孔が直列に並んでいる位置 吉祥寺から2000m


この人孔が約2m置きに3個並んでいる

油槽所は地下に有っても問題ないのでこの人孔3個直列の下に
油槽所があったのかもしれない

奥が武蔵境駅 最後の人孔

参考資料

西田勝美;武蔵境・新宿間60kVOFケーブル工事に就て:電気鉄道Vol.7,No.5,pp.1959-1962,1953























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