コロナ禍で外出がままならので、もっぱら国会図書館の公開アーカイブを漁って興味ある事項を調査していた。その過程で、もろもろの記事をUpすることができた。大正時代のデッドセクションについては、Wikipedia記事にも載っていないことが判り深耕することができた。派生記事でデッドセクション標識の生い立ちも調べることができた。
横軽の変電所調査を進めていく上で、鉄道変電所に給電している電力会社に発電・給電系の調査が必要になり、まとめた。(旧線の変電所も関係しているので)
1019. 軽井沢地区の送電系統を探る。東京電燈 碓氷線(50Hz)、長野電燈 西毛線(60Hz)シリーズ2ブログリンク
国鉄時代の独自の送電ルートの架空送電鉄塔の調査は、気になっていたので取っ掛かりの都合上ついでに調べた。
1016. 国鉄 横軽 給電系統 熊ー軽線(19-1号) 横ー熊線(35-27号)を歩く(高崎電力區)シリーズ1ブログリンク
粘着運転時代の変電所は、現存している建屋があるので、なんとかまとめた。
1020. 信越本線(横軽) 廃止変電所を歩く(粘着運転時代)シリーズ3ブログリンク
その過程で横川・軽井沢にあった600/1,500Vデッドセクションについてまとめることができた。Wikipediaの記事には横川のデッドセクションについての記事があったが軽井沢については記載がない。しかし実際に軽井沢にあったデッドセクションの画像がUpできた。
1021. 信越本線(横軽) 横川・軽井沢 600V/1,500V デッドセクション位置と構造、運用 シリーズ 4ブログリンク
今回 シリーズの最終稿として、旧線の給電と き電をまとめた。電気機関車やアプト式鉄道、線形等に関しては良い記事がUpされているが給電 き電に関してまとめた記事はWebにはUpされていない。
横軽 旧線の研究資料として「重要文化財碓氷峠鉄道施設変電所(旧丸山変電所)2棟保存修理工事報告書」が挙げられる。今回この報告書の「給電、き電」部分を読み解く最中に、記載されている内容と調査結果が違う部分が出てきてので、調査資料を基に相違点を述べ、一部推定部分を付け加え資料をまとめた。
条=回線(3相交流)と読み替える 和暦で月が書いてないものは年度を表す
明治45年(1912)~大正6年(1917年)
送電経路 電纜=地中送電線 6.6kV 2条 この当時の電纜=ケーブルは3相の各相に半導体層が無いため全体で一括の電位が掛かる のであまり高電圧のケーブルは作れない。11kVケーブルは相ごとに半導体の層を設けるので電位が分割され高電圧化が可能となる。
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6.6kV 三相ケーブル接続点 |
6.6kVケーブル 三方分岐 プラグイン方式 |
き電径路 変電所は母線部分まで |
熊ノ平開閉室 |
熊ノ平開閉室の内部 |
結線図 左右上部にあるのがサーキットブレーカー その下 セクション内き電スイッチ 中心が延長き電用スイッチ その上が三方スイッチ 中線を丸山、矢ヶ崎どちらかでき電 写真の三方スイッチは、片方に定位で固定 |
途中にあるき電区分所 |
5号隧道前のき電区分所 中心にサーキットブレーカー 左右にき電スイッチ |
サーキットブレーカー 可動ノブの円筒形部分がコイル 電流が整定値を越えるとスイッチ開路 |
横川火力発電所
発電機1,000kVA×3 6.6kV 25Hz 発電容量 3,000kVA
丸山変電所
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条 25Hz
回転変流機 450kW×2台(1台予備)
ピラニー式昇圧機 2台(1台予備)
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
(鉛蓄電池の標準電圧は2.08V・1Cell)
丸山変電所 当時(手前蓄電池室・奥機械室) |
6.6kV降圧6相変圧器 回転変流機用 |
変圧器からの6相2台分回転変流機への入力は上から入る 回転変流機へは床下を経る 右4列から順に 受電盤、変圧器盤、受電盤、変圧器盤となる。(可動腕金に同期検定器、交流電圧計) 次の2列が回転変流機盤となる(可動腕金に直流電圧計・直流ブスバーが見える) 次の2列が直流き電盤(直流母線のBusバーが見える部分)となる |
直流き電盤の続き 左1列は、Z母線用のき電盤 次4列が直流き電盤となる。半分見えているのは直流き電盤(合計5列のき電盤がある) |
直流 き電盤の立面図 |
変電所内部 直流き電盤 丸山変電所の場合 回転変流機からの母線が省略されている 一番左 Z母線用 次からの5列 直流き電盤 左方 横川駅構内 右方 熊ノ平方 |
変電所内部 直流き電盤 回転変流機電力 右から入る 上2本の太い横線は直流母線Busバー 一番左 Z母線用 |
機械室(回転変流機+昇圧機・配電盤)内部の機器配置
この昇圧機の場所に増設25Hz回転変流機が設置されていた |
同 青図 |
450kW回転変流機2台 奥にピラニー式昇圧機2台 このピラニー式昇圧機を廃止して500kW25Hzの回転変流機を増設したものと思われる 50Hz回転変流機増設前の25Hz回転変流機の設置場所 |
右の出っ張りは、回転変流機起動用の三相誘導電動機兼直流分巻き電動機 |
ピラニー式昇圧機 回転変流機よりも大きい(幅がある) |
左から昇圧機用励磁機盤(盤面上に電磁遮断器(ブレーカー)) 昇圧機盤(四極双投開閉器、単極双投開閉器がある盤) 昇圧機用励磁機盤(双極双投開閉器がある盤) 蓄電池盤(直流記示電流計、直流記示電圧計←ペン式記録計のこと) 一番右 電燈配電盤(交直流電圧計、交直電流計、双極単投開閉器6個) |
昇圧機盤 3面 立面図 画像部分との相違 一番右の開閉器が青図では単極双頭である |
昇圧機 配線図 |
回転変流機、昇圧機、直流き電盤の全体の配線図 |
蓄電池建屋 |
蓄電池312個は26個のバンクで12バンク 直列接続 絶縁架台上さらに碍子を置き2重絶縁 通路は、これまた絶縁架台上に すのこが置かれ感電対策がとられている |
縦横のバンクは絶縁ブスバーで連結 |
回転変流機 450kW×2台(1台予備)
矢ヶ崎変電所当時 手前蓄電池室 |
横川火力発電所
発電機1,000kVA×3 6.6kV 25Hz 発電容量 3,000kVA
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条 25Hz
回転変流機 450kW×2台 900kW
ピラニー式昇圧機 2台(1台予備)
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
矢ヶ崎変電所
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条(丸山変電所経由)25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 1,400kW
ピラニー式昇圧機 1台(1台廃止) 昇圧機の場所に回転変流機を設置
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
横川火力発電所
丸山変電所 合計出力1,400kW 矢ヶ崎変電所 合計出力 1,900kW |
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条 25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 合計1,400kW
ピラニー式昇圧機 1台(1台廃止)昇圧機の場所に回転変流機が設備されたと思われる
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条(丸山変電所経由)25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×2台 合計1,900kW
ピラニー式昇圧機 2台廃止 昇圧機の場所に回転変流機が設備されたと思われる
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
大正11年(1921年)
6.6kV送電線4条化
横川火力発電所
発電機 1,000kVA×3 6.6kV 25Hz 発電容量 3,000kVA
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 4条 25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 合計1,400kW
ピラニー式昇圧機 1台
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
矢ヶ崎変電所
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条(丸山変電所経由)25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×2台 合計1,900kW
ピラニー式昇圧機 2台は廃止 昇圧機の場所に回転変流機を設備
蓄電池は、運用停止された様子 昇圧機がないと制御された充放電ができない
横川火力発電所
発電機1,000kVA ×3 6.6kV 25Hz 発電容量 3,000kVA
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 4条 25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 合計1,400kW
ピラニー式昇圧機 1台
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条(丸山変電所経由) 25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×2台 合計1,900kW
ピラニー式昇圧機 2台は廃止 昇圧機の場所に回転変流機を設備
回転変流機のAC側入力電圧480V化 効率を高める(大正12年)
小手先の対応では、供給が間に合わなくなる。 購入電力の検討を開始(大正12年~)
丸山矢ヶ崎間地中送電線新設 大正14年~昭和2年
昭和の大改造
大正7年度から大改造終了までの横川火力発電所の供給電力量と単価 丸山変電所+矢ケ崎変電所の供給電力量と単価(平均) 人件費も単価に入っている 昭和2年には供給電力量が上限になっている 横川火力は昭和3年までは稼働していたようだ。 |
昭和3年以降 購入電力(水力)は単価の変動も少なくなる 横川火力供給量≠丸山+矢ケ崎供給量 人件費+改良設備費も入る 大正8年から大正11年 回転変流機増設 設備改良 |
昭和2年(1927年)昭和の大改造 25Hz受電しながら50Hzに切替
重要文化財碓氷峠鉄道施設変電所(旧丸山変電所)2棟保存修理工事報告書との違いが出てくる
発電機1,000kVA×3 6.6kV 25Hz 発電容量 3,000kVAそのまま
周波数変換機2,500kW(機械式)M=モーター側 G=発電機側 設置
25Hz 6.6kVで電動機駆動 発電機で50Hz 3.3kV発電←違う部分
昭和2年は周波数変換器の設置だけ 3.3kV昇圧11kV変圧器は翌年運開
丸山変電所
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 4条 25Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×2台 合計1,900kW
ピラニー式昇圧機のあった場所(2台分)に回転変流機が置かれている
蓄電池 52個×6列 合計312個 2.08V×312個≒649V 容量1,036Ah
矢ヶ崎変電所
横川発電所から6.6kV地中送電線 受電 2条(丸山変電所経由) 25Hz
軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 2回線 50Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 合計1,400kW 予備化
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用開始 600V 常用
蓄電池建屋に1,000kW×3台を設備 蓄電池設備完全廃止
軽井沢変電所から11kV受電を行うも50Hzのため丸山変電所への延長給電は行えない
昭和3年(1928年)~昭和4年(1929)昭和の大改造 25Hz受電しながら50Hzに切替
横川火力発電所
発電機1,000kVA×3 6.6kV 25Hz 発電容量 3,000kVAそのまま
周波数変換機2,500kW(機械式)M=モーター側 G=発電機側 設置
25Hz 6.6kVで電動機駆動 発電機で50Hz 3.3kV発電←違う部分
3.3kV昇圧11kV変圧器運開 11kV 50Hz送電開始
11kV地中送電線 2条 50Hz受電 No.5~6
矢ヶ崎変電所経由11kV 受送電 3条 50Hz No.5~No.7
回転変流機 450kW×2台、500kW×2台 合計1,900kW 予備化
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V 常用
蓄電池建屋に1,000kW×3台を設備 蓄電池設備完全廃止
11kV地中送電線 受送電 3条(丸山変電所経由) 50Hz No.5~7
軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 2回線 50Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 合計1,400kW 予備化
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V 常用
鉄道統計資料 昭和3年部分 |
昭和5年(1930年)~昭和7年(1932)昭和の大改造 25Hz受電しながら50Hzに切替
矢ヶ崎変電所 軽井沢変電所から11kV 50Hz 受電 購入電力
丸山変電所 碓氷線途中分岐 66kV 50Hz 受電 購入電力 昭和5年12月運開
碓氷線丸山支線分岐は昭和5年12月運開 |
発電機 廃止
周波数変換機2,500kW(機械式の逆組替えで対応)
逆変換 11kV降圧3.3kV変圧器 50Hz
50Hz 3.3kVで電動機駆動 発電機で25Hz 6.6kV発電
但し予備的に置かれたものと考える。25Hz回転変流機は予備対応
横川発電所から6.6kV地中送電線受電 4条 25Hz、
66kV降圧11kV変圧器 50Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×2台 合計1,900kW 予備化
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V 常用
軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 2回線 50Hz
丸山変電所から11kV地中送電線 受送電 3条 50Hz
回転変流機 450kW×2台、500kW×1台 合計1,400kW 予備化
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V 常用
碓氷線電源50Hz→矢ヶ崎、丸山変電所へ
重要文化財碓氷峠鉄道施設変電所(旧丸山変電所)2棟保存修理工事報告書との相違点 |
昭和8年(1933年)~昭和11年(1936)50Hzに切替完了
碓氷線分岐66kV架空送電線50Hz受電 1回線
66kV降圧11kV変圧器 50Hz
矢ヶ崎変電所ー11kV地中送電線 受送電 3条
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
丸山変電所ー11kV地中送電線 受送電 3条 50Hz
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V 常用
碓氷線電源50Hz→矢ヶ崎、丸山変電所へ
昭和12年(1937)熊ノ平変電区(変電所)新設
碓氷線66kV分岐架空送電線50Hz受電
66kV降圧11kV変圧器 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV地中送電線 受送電
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
矢ヶ崎変電所ー地中送電線11kV 受送電
水銀整流器 2,000kW×1台 600V
軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 2回線 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV地中送電線 受送電 3条 50Hz
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
昭和25年(1950年)~昭和27年(1952年)
碓氷線分岐66kV架空送電線50Hz受電
66kV降圧11kV変圧器 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV地中送電線 受送電
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
66kV受電 鉄塔 |
66kV受電鉄塔と屋外変電設備 油入り遮断器、断路器、66kV降圧11kV変圧器 |
右に断路器と油入り遮断器 |
丸山変電所ー地中送電線11kV 受送電
矢ヶ崎変電所ー地中送電線11kV 受送電
水銀整流器 2,000kW×1台 600V
矢ヶ崎変電所(区)
中電軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 2回線 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV地中送電線 受送電 1条 50Hz
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
昭和28年(1953年)~昭和36年(1961年) 熊ノ平変電所(区)に2台目 水銀整流器増設
碓氷線分岐66kV架空送電線50Hz 受電 1回線
66kV降圧11kV変圧器 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV架空送電線 受送電 1回線
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
熊ノ平変電所(区)
丸山変電所ー架空送電線11kV 受送電 1回線
矢ヶ崎変電所ー架空送電線11kV 受送電 1回線
水銀整流器 2,000kW×2台 600V
熊ノ平変電所(区) 増築前 現3列の窓が2列 将来の水銀整流器増設に対応して建屋は、建てられている |
熊ノ平変電所(区) 増築前 |
矢ヶ崎変電所(区)
中電軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 2回線 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV架空送電線 受送電 1回線 50Hz
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
左に軽井沢変電所からの11kV送電線 鉄塔 |
トンネル内 最後まで残った11kV No.7地中送電線 |
まだ残っている11kV 地中送電線クリート 木製 |
昭和37年(1962年) 旧線 新線切替時
碓氷線66kV架空送電線50Hz 受電 1回線
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
横川変電所から架空送電線66kV 受電1回線
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
左部分が回転変流機3台設置のための増築箇所 右手前も増築部分 |
シリコン整流器 1,200kW 600V運用(移動式仮設)
中電軽井沢変電所から11kV架空送電線 受電 1回線 50Hz
熊ノ平変電所ー11kV架空送電線 受送電 1回線 50Hz
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 600V
右に中電軽井沢変電所からの11kV送電線が伸びる 左奥 鉄塔66kV 昇圧対応 1回線は軽井沢変電所へもう1回線は11kV熊ノ平変電所へ |
昭和38年(1963年) 新線切替後
横川変電所ー架空送電線66kV 受送電1回線
回転変流機 1,000kW×3台 合計3,000kW 運用 1,500V
参考資料(順不同)
重要文化財碓氷峠鉄道施設変電所(旧丸山変電所)2棟保存修理工事報告書:文化財建造物保存技術協会 編,松井田町, 2002.7鉄道技術発達史Ⅳ第3篇電気,日本国有鉄道,1959
国有鉄道百年史6,日本国有鉄道/編,1972
鉄道省電気局沿革史:鉄道省
電気鉄道技術発達史:鉄道電化協会,1983
平田一夫;碓氷峠の旧鉄道施設:平田一夫撮影、編輯,1995自費出版
鉄道統計資料 明治45年~昭和12年、昭和25~昭和38年 NDL インターネット公開資料
国有十年 本邦鉄道国有後の施設並成績:鉄道省 編:鉄道省, 大正9年(1920)
鉄道文化むら所蔵 鈴木氏所蔵図面(公開用)
投稿者:坂本 真至 投稿日時:月, 2014-06-09 23:20
平成25年度におきまして、土木学会図書館委員会図面研究小委員会では、鉄道文化むらとの共同研究を締結し、鉄道文化村が所蔵する鈴木氏の寄贈資料のうち、主に図面資料と対象としてデジタル化を実施しました。ここで公開するのはサムネールです。
デジタル化作業の一部は平成25年度科研費により実施しました。