はじめに
JR東海は、東海道新幹線で列車の本数が増えて負荷が大きくなるのに合わせて、変電所を増設し、変電所やき電区分所に電力補償装置を置くことで、架線電圧を保ってきた。2022年の時点で、電力補償装置は沿線に21台ある(JR東海の2022年6月16日の発表)。2024年度の初めの時点でも、本線き電用の変電所は22箇所、電力補償装置は21台である(清水・森、2024年)。いずれも地上の設備による対策である。これに加えて、車両の側で架線電圧を保つ機能を開発した。
正式な名前は「新幹線車両架線電圧維持機能」、英語の頭文字でFVRTC(Feeder
Voltage Regulation by Train's power
Converters)という。2025年の報告は、これを世界で初めて開発したと書いている。
新幹線車両による架線電圧を維持する機能の開発について 2022年6月16発表
この発表を読んだときには、何をしているのかはSin.Cos.Tan.が弱い私(医療系)では難しすぎて(あるいは突飛すぎて)、さっぱり理解も予想もできなかった。一番の原因は、「電流の位相が遅れる」と書いてあるのに、何に対して遅れるのか、が書かれていないこと。列車は自分の足元(パンタグラフ)の電圧に対しては、遅れずに電流を取っている。遅れているのは、変電所よりずっと奥の電源の電圧に対して。しかも図①(位相が遅れる)と図②(電圧が下がる)が、原因と結果のように並べてある。実際は、同じ一つの現象を二つの面から見ているだけ。
JR東海はこの機能の開発を、2022年6月16日に「新幹線車両による架線電圧を維持する機能の開発について」として発表した。N700Sに搭載する主変換装置(CI:Converter-Inverter。以下CI)のソフトウェアを改良して実現するもので、「列車本数が増えるにつれ架線の電流の位相が遅れ、電圧が低下する現象について、ソフトウェアの改良により電流の位相の遅れを小さくし、電圧の低下を抑制する」と説明している。N700Sの一部の営業車に順次載せて2023年2月まで機能確認試験を行い、その結果を見てほかのN700Sにも広げる予定としていた。
実際には、2022年6月から20編成のN700S営業車にこの機能を載せて走らせ(2022年11月末の時点で試験は順調に進んでいた。守山ほか、2023年)、約1年にわたり安定に動作することを確かめて、東海道新幹線に導入できると判断した(清水・森、2024年)
FVRTCはN700S以降の車両に載せる技術として開発されており、N700Aには載せない計画である。理由は「将来の電源設備の更新計画とソフトウェア処理能力を勘案」したためとされる(同)発表資料は、本文と2枚の別紙からなる。別紙1は、これまで地上の電力補償装置が架線電圧の低下を抑えてきたことを、別紙2は、N700Sの新しい機能が電流の位相の遅れを小さくして電圧の低下を抑えるしくみを、それぞれ図で説明している。別紙2の図は、第2節で描き直して読み解く(図3)。
本稿は、JR東海の技術者による6編の報告(2018年〜2025年)と2編の解説記事(2023年・2024年)を読んで(末尾の文献)、この機能が何をしているのかを、なるべく式を少なくまとめたものである。報告に書かれている事実と、筆者の試算・解釈は区別して書く。
車両が架線電圧を支えると聞くと、列車が変電所の役目を担う「走る変電所」のように思えるかもしれない。結論を先に書くと、FVRTCはそうではない。列車を走らせるための電力(有効電力)は、これまでどおり変電所から来る。FVRTCが肩代わりするのは、電圧を支えるための無効電力(電力を運ばずに経路を行き来する分。第2節で説明する)の部分だけである。いわば「走る無効電力補償装置」で、しかも新しい機器を積まず、車両の主変換装置のソフトウェアの変更だけで実現している(2025年報告)。
1 前提:なぜ架線電圧が下がるのか
新幹線の架線には、変電所(SS)から交流の電気が送られている。変電所と変電所の中間には、き電区分所(SP)があり(変電所から区分所まではおよそ10〜21km、2023年報告の系統定数)そこで、隣の変電所の受け持ちと突き合わさっている。変電所の変圧器は、電力会社から受けた三相の電気を、位相が90°異なる二つの単相回路(M座とT座)に変えて送り出している。列車は単相の負荷なので、三相のうち一つの相だけから電力を取ると、電力会社の三相の負担が偏る(不平衡になる)。二つの単相回路に分けて負荷を振り分けるのは、この偏りを小さくするためである。
き電区分所で突き合うのは、隣の変電所から来た電気や、別の座から来た電気なので、両側の位相は揃っているとは限らない。位相の違う二つの電気を列車のパンタグラフがつなげば、両者の間に大きな電流が流れてしまう。そのため区分所には、列車が通るときに電源を切り替える設備がある。これに対して、一方の変電所が区分所を越えて、隣の変電所の手前まで送る運用もある。これを延長き電という。片側から送る距離が長くなるので、末端の電圧は下がりやすい。
第7節で見る2024年の試験は、この延長き電を、電圧が下がりやすい条件として意図的に作っている。延長き電が東海道新幹線でどこに、どういう理由で使われているかは、続く連載で扱う。
電気は、電力会社の送電線と変圧器を通り、さらに架線を通って列車に届く。この経路にはインピーダンス(交流に対する抵抗)がある。電流が流れれば、その分だけ列車に届く電圧(パンタグラフ点電圧)が下がる。変電所から遠い列車ほど、大電流で加速している列車ほど、下がりは大きい(図1)。
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図1 き電回路と架線電圧の低下(概念図)。電圧は電源側と架線のインピーダンスで下がる。RPC(変電所に置く電力補償装置の一つ。本節の後半で説明)は変電所に据え付けられ、FVRTCは列車に載っている。 |
報告は、列車が走るために必要な電力を制限しないことを前提に、パンタグラフ点電圧が標準電圧の25kV以上であることを評価の基準にしている(2023年報告)。下回れば、列車は加速の力を絞らざるを得ない(2025年の本線試験での例は第3節)。
架線電圧の下がり方は、電源から列車までの経路全体のインピーダンスで決まる。ここでいう電源は、変電所よりさらに奥にある電力会社の系統のことで、その電圧は発電機の電圧にあたる(守山ほか、2023年)。経路は、電源側(電力会社の送電線と変圧器、き電用変圧器)と架線に分けられる。電源側の強さは受電点の短絡容量(受電点で短絡が起きたと仮定したときに流れる電流と、受電電圧から計算する量。電源側がどれだけ電流を流しても電圧を保てるかの目安)で表され、短絡容量が大きい、つまり電源側のインピーダンスが小さいほど、同じ電流での電圧の下がりは小さい。
これまでの対策は、大きく二つだった。一つは経路のインピーダンスそのものを小さくすることで、変電所を増やして給電距離を縮めること(架線の分を減らす)や、受電する系統を強くすること(短絡容量を大きくする)がこれにあたる。もう一つは、変電所にRPC(き電側電力融通方式電力補償装置)などを置いて、無効電力で電圧を支えることである。
FVRTCは、この二つ目を列車にやらせる。なお、報告の解析や試験が、送電線の1回線停止、電力会社変電所の変圧器の1台停止、直列コンデンサ(送電線に直列に入れて、リアクタンスの一部を打ち消すコンデンサ)の短絡といった条件を置いているのは、どれも短絡容量を小さくして、電圧を下がりやすくするためである。
2 電圧を下げているのは主にリアクタンス
経路のインピーダンスは、抵抗 \(R\) とリアクタンス \(X\) からなる。新幹線のき電回路では、\(X\) が \(R\) よりずっと大きい。報告に載っている値を挙げる(いずれも30kV換算)。
+j の前の数が抵抗 \(R\)、後ろの数がリアクタンス \(X\) である。30kV換算とは、77kVや154kVの側のインピーダンスを、変圧器の電圧比を使って30kV側の値に置き換えたもので、電圧の違う回路を一つの回路として足し合わせるために使う。
・栗東SS(2023年報告。77kV受電):
電源からき電母線まで 0.63+j4.43Ω、き電用変圧器 T座 j1.751Ω・M座 j1.863Ω
・焼津SS(2023年報告。77kV受電):
電源からき電母線まで 0.99+j5.96Ω、き電用変圧器 T座 j1.454Ω・M座 j1.476Ω
・焼津SS(2018年・2019年報告):
電源からき電母線まで 1.08+j5.72Ω。き電用変圧器は2019年報告に T座 j1.454Ω・M座 j1.476Ω
・岩渕SS(2023年報告。154kV受電):
電源からき電母線まで 0.17+j3.47Ω、き電用変圧器 T座 j1.336Ω・M座 j1.413Ω
・架線(2018年報告):
1kmあたり 0.049+j0.2Ω
受電電圧は筆者の実地調査による。東海道新幹線の受電は154kVか77kVで、ほとんどが77kVである。電源側の値は、154kV受電の岩渕SSが最も小さい。受電側の短絡容量の目安を、「電源からき電母線まで」の30kV換算の値から見積もると(30kVの2乗÷インピーダンスの大きさ)、岩渕SSが約260MVA、栗東SSが約200MVA、焼津SSが約150MVAになる。
報告の表はき電用変圧器を別の行に挙げているので、この値はき電用変圧器を含まないと読める。き電用変圧器(T座)を加えると、約190MVA、約145MVA、約120MVAである(2023年報告の値。送電線はどれも1回線送電の条件。筆者の換算)
154kVの系統は電力会社の基幹に近く、間に入る変圧器も少ないので、電源側のインピーダンスが小さく、短絡容量が大きくなりやすい。ただし報告は受電電圧と値の関係を書いておらず、この説明は筆者の解釈である。
焼津SS〜安倍川SPの例では、電源からき電母線までのリアクタンス5.72Ωが、架線10.29km分の2.06Ωの3倍近くある(2018年報告の値)。架線電圧を下げているのは、架線よりもむしろ電源側である。なお焼津SSの電源側の値は報告によって少し違うが、どちらの値を使っても、以下の試算の結果は0.1kVも変わらない(詳細は末尾の付記)。図2・図4の筆者の試算は、2018年報告の表の値(電源からき電母線までと架線)だけを使い、き電用変圧器を含めていない。
以下でいう有効電流は、電流のうち電圧と同じタイミングで山と谷を迎える成分で、列車を走らせる電力を運ぶ。無効電流は、電圧より4分の1周期(90°)ずれた成分で、電力を運ばない(第2節の後半で説明する)。電流の山が電圧の山より早く来ることを進み、遅く来ることを遅れという。力率は、電流のうち有効電流が占める割合である。電流が電圧より角度 \(\varphi\) だけずれていれば、力率は \(\cos\varphi\) になる。力率1は電流と電圧の位相が揃っている状態、進み力率0.97は電流が電圧より約14°先に進んでいる状態である。
電圧の下がり方は、近似的に次の式で表せる。\(I_p\) は列車を走らせる有効電流、\(I_q\) は無効電流(進みを正にとる)である。
$$\Delta V \approx R\,I_p - X\,I_q$$
\(X\) が大きいので、\(I_q\) を進み方向に流すと、第2項が電圧の降下を大きく打ち消す。これがFVRTCの原理のすべてである。
式を使わずに言えば、次のようになる。 交流では、電圧も電流も1秒に60回、波のように上下している。電源から列車までの長い経路(送電線・変圧器・架線)は、電流の変化を嫌うコイルの性質を強く持っている。コイルは、電流が流れるたびに周りの磁界にエネルギーを溜めては吐き出す。この出し入れのための電流は仕事をせず、経路の中を行ったり来たりするだけだが、経路を通るたびに電圧を食う。力率1の列車では、この出し入れの相手を、遠くの電源が務めている。列車が電流をほんの少し早めのタイミングで取ると、出し入れの相手を列車のCIの直流コンデンサ(架線の交流を直流に変えたあと、その直流を蓄えておくコンデンサ。第4節の図5)が近くで務めるようになる。遠くから行ったり来たりする電流が減るので、経路で食われる電圧も減る。JR東海の発表資料のいう「電流の位相の遅れを小さくする」は、この行ったり来たりする電流を列車の近くで済ませることにあたる(詳しくは第4節)。
以下でいう力率は、電流のうち電圧と同じ位相の成分が占める割合である。電流が電圧より角度 \(\varphi\) だけずれていれば、力率は \(\cos\varphi\) になる。力率1は電流と電圧の位相が揃っている状態、進み力率0.97は電流が電圧より約14°先に進んでいる状態である。
図2は、この電圧の下がり方を矢印(ベクトル)で描いたものである。交流の電圧と電流は、大きさと向き(位相)を持つ矢印として扱える。電源電圧 \(E\) は、列車の電圧 \(V\) に、電流が経路で作る電圧 \(RI\)(茶)と \(jXI\)(赤)を足したものになる。\(jX\) を掛けると矢印は電流から90°回る。
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図2 電源電圧E・列車電圧V・電流Iの関係。2018年報告の焼津SS〜安倍川SPの条件(電源側1.08+j5.72Ω、架線0.049+j0.2Ω/km×10.29km、無負荷28.7kV、22MWの定電力負荷(電圧が変わっても取る電力が変わらない負荷。第3節))を、1つのインピーダンスで解いた筆者の試算。Eは両図で同じ28.7kV。(b) では jXI が左上を向き、Vの向きと逆向きの成分を持つので、Vが26.7kVから28.3kVへ上がる。(b)はFVRTCが標準的な電圧で使う進み力率0.97である。 |
(a) 力率1では、電流は電圧と同じ向きで、\(jXI\) は真上を向く。その分だけ \(E\) が長くなり、列車の電圧は電源より下がる。
(b) 電流を電圧より進めると、\(jXI\) が左上に傾き、降下を打ち消す。
2025年報告は、FVRTCが必要になる理由を「パンタグラフ点電圧の位相は電源電圧の位相に対して遅れている」と書いている。図2の (a) で、\(V\) が \(E\) より遅れた向きにあるのがそれにあたる。
JR東海の発表資料の図との関係。
「はじめに」で触れた2022年の発表資料の別紙2は、電流と架線電圧の波形を、時間を横軸にして三組並べた図である。「位相が揃っている場合」は電圧の低下がわずかである。「対策を実施しない場合」は、「列車の本数が増えるにつれ電流の位相が遅れる」ので「架線の電圧が低下」する。「対策を実施する場合」は、「主変換装置により電流を制御し、電流の位相の遅れを小さくする」ことで「架線の電圧の低下を抑制」する、と説明している。
ここでいう電流の遅れは、列車のパンタグラフの電圧に対するものではなく、電源の電圧(図2のE)に対するものである。清水・森(2024年)も「電源電圧の位相に対する列車負荷電流の位相の遅れ」と書いている。
守山ほか(2023年)は電源電圧を「電力会社発電所の発電機電圧」とし、「架線電圧は電源電圧よりも位相が遅れているので、車両主変換装置で架線電圧に対して力率1となるように入力電流を調整しても、電源から見れば無効電流を含んだ列車負荷電流となっている」と書いて、図2と同じ関係をベクトル図に描いている。
列車は自分のパンタグラフの電圧と同じ位相で電流を取るが(力率1)、そのパンタグラフの電圧が電源の電圧より遅れているので、電源から見ると電流も同じだけ遅れる。図2と同じ条件で計算すると、その遅れは12.9°である。FVRTCで列車の電流をパンタグラフの電圧より14°進めると(進み力率0.97)、電源から見た遅れはほぼ打ち消されて+1.3°になり、電流は電源の電圧とほぼ同相になる(図3。筆者の試算)。なお、変電所のき電母線の電圧も、それ自体が電源より約9.3°遅れている。き電母線を基準にすると、電流の遅れは力率1で約3.6°しかなく、FVRTCでは逆に約10.6°の進みになる(筆者の試算)。発表資料は、対策によって電流の遅れが小さくなり、位相が揃うように描いている。き電母線の電圧を基準にすると、遅れはもともと3.6°しかなく、FVRTCでは逆に10.6°の進みになってしまうので、この描き方に合わない。電源の電圧を基準にしたときだけ、12.9°の遅れがほぼ0°に揃うという、発表資料の図どおりの関係になる。
角度の求め方。
角度は、図2の矢印の三角形から求める。列車の電圧 \(V\) の向きを横にとると、経路で生じる電圧(図2の \(RI\) と \(jXI\))は、横向きと縦向きの成分に分けられる。\(V\) が電源の電圧 \(E\) より遅れる角度 \(\delta\) は、三角形の縦÷横で決まる。
$$\tan\delta=\frac{X I_p + R I_q}{V + R I_p - X I_q}$$
\(I_p\) は有効電流、\(I_q\) は進みの無効電流である。\(R\)・\(X\) は電源から列車までの合計で、\(R=1.08+0.049\times10.29=1.58\,\Omega\)、\(X=5.72+0.2\times10.29=7.78\,\Omega\) である。\(V\) は、\(E\) の大きさが28.7kVになるように解いた値(図2)を使う。
・ 力率1:
\(V=26.67\)kV、\(I_p=22\text{MW}\div26.67\text{kV}=0.825\)kA、\(I_q=0\)。\(\tan\delta=\dfrac{7.78\times0.825}{26.67+1.58\times0.825}=\dfrac{6.42}{27.97}=0.229\) から、\(\delta=12.9°\)。電流は \(V\) と同じ向きなので、電源から見て12.9°遅れる。
・ 進み力率0.97:
電流を進める角度は、\(\cos\varphi=0.97\) から \(\varphi=14.1°\)。\(V=28.27\)kV、\(I_p=22\div28.27=0.778\)kA、\(I_q=I_p\tan\varphi=0.195\)kA。\(\tan\delta=\dfrac{7.78\times0.778+1.58\times0.195}{28.27+1.58\times0.778-7.78\times0.195}=\dfrac{6.36}{27.99}=0.227\) から、\(\delta=12.8°\)。電流は電源から見て \(\varphi-\delta=14.1°-12.8°=+1.3°\)、つまりわずかに進む。
・ き電母線を基準にした場合:
同じ式に、架線の分だけ(\(R=0.50\,\Omega\)、\(X=2.06\,\Omega\))を入れると、き電母線の電圧が \(V\) より進む角度 \(\beta\) が出る。力率1では \(\beta=3.6°\) なので、き電母線は電源より \(12.9°-3.6°=9.3°\) 遅れ、電流はき電母線より3.6°遅れる。力率0.97では \(\beta=3.4°\) なので、電流はき電母線より \(14.1°-3.4°=10.6°\) 進む。
交流では、ある瞬間の電力は電圧と電流の瞬時値の積で、電流が電圧より \(\varphi\) だけ遅れていると、平均の電力は次の式になる(\(V\)・\(I\) は実効値)。
電力を運ぶのは、電流のうち電圧と同じ位相の成分 \(I\cos\varphi\) だけである。遅れた成分 \(I\sin\varphi\) は電力を運ばず、途中のリアクタンスが消費する無効電力 \(I^2X\) を賄っている。
対策なしの例では、電源は 28.7kV × 825A × cos12.9° = 23.1MW(列車の22MWと経路の損失)を送ると同時に、5.3Mvar(var(バール)は無効電力の単位)の無効電力を出している。FVRTCでは、この無効電力を列車が出すので、電源の無効電力はほぼ0(−0.5Mvar)になり、電流も825Aから802Aに減る。なお、なお、発表資料の図は、電流の位相の遅れを原因、電圧の低下を結果として、順に描いている。しかし両者は、どちらも同じリアクタンスを電流が流れることから同時に生じる。原因と結果という順序は、説明のための描き方である。
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| 図3 電源から見た電圧・電流・瞬時の電力(図2と同じ条件の筆者の試算)。JR東海の2022年の発表資料の別紙2が示す「電流の位相の遅れ」を、電源の電圧(図2のE。変電所よりさらに奥の、電力会社の系統の電圧で、変電所の無負荷時の電圧に等しい)を基準にして描き直したもの。(a) 対策なしでは、電流が電源の電圧より12.9°遅れ、瞬時の電力が負になる時間(緑)がある。ただし負の部分は1周期の約7%と短く、深さも山の高さの約1.3%しかないので、左の図では見えない。右に、点線枠の中を縦軸約30倍に拡大して示す。(b) FVRTC(進み力率0.97)では、電流が電源の電圧とほぼ同相になり、負の部分は拡大してもほとんど見えない。列車の側(パンタグラフの電圧を基準)で見た波形は、第4節の図8に示す(そちらは力率0.7の例)。 |
3 電流は増えるのか ―― 定電力負荷のからくり
無効電流を上乗せすれば、車両の取る電流の総量(皮相電流)は増えるはずである。実際、1999年の検討では、無効電力を消費させると変換器の皮相電力が増えるという見解から、この方法は見送られていた(2018年報告)。CIはもともと、装置を軽く小さくするために力率1で動かしてきた(2018年報告、元は1987年の検討)。
新幹線車両の電流の位相は、車両の世代とともに次のように変わってきた(守山ほか、2023年の表1)。
・ 0系(1964年):
ダイオード、タップ制御。電流の位相が架線電圧より遅れる
・ 100系(1985年):
サイリスタ、サイリスタ位相制御。電流の位相が架線電圧より遅れる
・300系(1992年)以降:
PWMコンバータで、架線電圧と電流の位相を合わせる力率1の制御。素子はGTOサイリスタ(300系)から、IGBT(700系、N700系・N700A)、SiC素子(N700S)へと変わったが、力率1の制御は変わらない
0系・100系の時代は、電源から見た電流の位相が大きく遅れ、架線電圧の低下が大きかった。300系からは、パンタグラフ点で見た無効電流をなくせるようになり、電圧の低下は大きく減った(守山ほか、2023年)。CIを力率1で動かすのは、装置を軽く小さくするためでもあった(2018年報告。もとは1987年の検討)。力率1なら、同じ電力を最も小さい電流で取れるので、素子や変圧器が流せなければならない電流を最小にできる。
FVRTCは、こうして力率1で動かしてきたCIに、無効電流を上乗せする。有効電流が同じなら、上乗せした分だけ車両の取る電流の総量(皮相電流)は増える。CIが流せる電流には上限があるので、皮相電流が増えるなら、CIを大きくするか、走るための有効電流を削るしかない。どちらも、CIを軽く小さくしてきた流れに逆らう(FVRTCの開発でも、CIの容量は現状のままとすることを基本方針の一つにしている。守山ほか、2023年)。1999年の検討は、無効電力を消費させるとCIのコンバータの皮相電力が増えるという見解から、この方法を見送った(2018年報告)。報告は、列車が進み電流を取ることを「進相の無効電力を消費する」と表現する。本稿で「列車が無効電力を出す」と書くのは、同じことを電源の側から言ったものである(第4節の終わりで説明する)。
それを2018年に検討し直したのは、二つの事情による(2018年報告)。一つは、必要が増したことである。ダイヤを柔軟に組む場合や、ダイヤが乱れて多くの列車が一つのき電区間に集まる場合、保守のために隣の変電所まで延長き電する場合には、架線電圧がさらに下がるおそれがある。従来の技術では、そのときは列車の負荷を制限するか、電力補償装置を新設・増強するしかない。もう一つは、確かめる手段がそろったことである。き電システムの解析技術が向上し、複数の電力変換装置を含む新幹線のき電電圧を解析する技術が確立できた(2018年報告は、その根拠に2010年の久野村・古関の論文を挙げている)。
解析で確かめると、1999年の見解には見落としがあった。「有効電流は変わらない」という前提である。鍵は、列車の負荷が定電力負荷として振る舞うことにある。
定電力負荷は造語ではなく、電力系統の解析で負荷の電圧特性を分けるときの用語である。負荷のモデルには、定インピーダンス負荷・定電流負荷・定電力負荷の三つがよく使われる。電圧が下がったときのふるまいは次のとおりである。
・ 定インピーダンス負荷:
インピーダンスが一定。電圧が下がると、電流は電圧に比例して、電力は電圧の2乗に比例して減る。電熱器や白熱灯がこれに近い。
・ 定電流負荷:
電流が一定。電圧が下がっても電流は変わらず、電力は電圧に比例して減る。モデルの上での中間の形である。
・ 定電力負荷:
電力が一定。電圧が下がっても電力は変わらず、電流が電圧に反比例して増える。電力変換器で制御される負荷がこれにあたり、新幹線車両もその一つである。
定電流・定電圧という言葉は電源や制御の側でよく聞くが、ここでは「負荷が電圧の変化にどう応じるか」を表す分類である。2018年報告は列車負荷を「定電力特性の負荷」として解析し、2019年報告も、電圧が下がったときに他の列車の有効電流が増えたのを「定電力制御によるもの」と説明している。
新幹線車両が定電力負荷になるのは、CIのしくみによる。コンバータは直流コンデンサの電圧を一定に保ち、インバータはノッチに応じた出力を主電動機に出す。だから架線の電圧が変わっても、車両が取る電力はほとんど変わらず、電流のほうで帳尻を合わせる。ただし電流には上限があるので、電圧が下がりすぎて電流リミッタに当たれば、もう電力を保てない(2025年報告の本線試験では、FVRTCを使わない編成が最大ノッチで電圧を下げ、ノッチを戻して回復させている。報告は電流リミッタに当たったとまでは書いていないが、電力を保てない側に近づいた例と読める)。
定電力負荷では、電圧が上がれば同じ電力を少ない有効電流で取れる。
$$I_p = \frac{P}{V}$$
進み電流で電圧が上がると、有効電流が減る。その減り方が、無効電流を足した分の増え方を上回る範囲がある。
2018年報告は、列車1本(22MW)の解析で、力率を進みの0.93まで下げても列車電流は力率1のときより小さく、0.974付近で最も小さくなる、と報告している。
図4や、後で見る2019年の解析の数字には pu(per unit、単位法)が使われている。実際の値を、あらかじめ決めた基準値で割って比で表す方法で、たとえば電圧の基準を30kVとすれば、27kVは0.9puになる。基準値は報告ごとに次のように違うので、puの数字を報告をまたいで比べるときは注意が要る。
・ 2018年報告(報告の図1):
電圧は30kV(電圧の管理値の上限)、電流は880A(22MWを標準電圧25kVで取るときの有効電流)
・ 2019年報告(報告の図4〜図7と制御ブロック図):
電圧は記載なし。図の電流表示は1000A。制御の有効電流指令はコンバータの定格電流で規格化している
・ 2025年報告(報告の制御ブロック図と図2):
電圧は30kV、電流は976.0A(何の電流を基準にしたかは記載なし)
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図4 列車の力率とパンタグラフ点電圧・列車電流。2018年報告の図1と同じ条件を筆者が単純な計算で再現したもの(図2と同じ試算)。電流の最小が力率0.975付近に来ることなど、報告の結果(0.974付近)をよく再現する。力率1の列車電流は、報告の821A(守山ほか、2023年の図5)に対して、この試算では825Aである。図中の紫の点線と◇が報告の値である。 |
2019年の解析(3編成が同じき電区間にいる条件)でも同じことが確かめられている。最後に加速した列車(TRD1)の電流は次のとおりで、1puは1000A、無効電流は進みを正にとる。
・ 従来の制御(力率1):
有効電流0.893pu、無効電流−0.047pu、皮相電流0.894pu。最低電圧は約25.2kV
・ CIで補償:
有効電流0.813pu、無効電流0.108pu、皮相電流0.820pu。最低電圧は約27.6kV
従来の制御で無効電流がわずかに遅れ側(負)になっているのは、解析でコンバータ電流の位相制御に3°の遅れを入れているためである(2019年報告)。
補償したほうが、皮相電流は0.074pu少なくなった。もちろん、補償を強く掛けすぎれば電流は増える。報告が電流の上限(後述のQrefmax)を設けているのはそのためである。2023年報告も、パンタグラフ点電圧が25kV以上であることに加えて、車両の電流リミッタに当たらないことを評価の基準にしている。
4 車両は、どうやって進み電流を取るのか
新幹線車両の主変換装置(CI)は、架線の交流を直流に変えるコンバータと、直流から主電動機を回す交流を作るインバータからなる(図5)。コンバータは、半導体素子を高速でオン・オフするPWMコンバータで、架線から取る電流の波形と位相を、制御で自由に作れる。2018年報告は、CIはRPCと同じ自励式変換器で、無効電力を消費させることができると書いている。架線の電気は、車両の主変圧器で電圧を下げてから使う。主変圧器には、架線につながる一次巻線のほか、CIへ電力を送る二次巻線(N700SではAC1500V)と、補助電源装置へ送る三次巻線(同AC440V)がある(2020年の電池自走の報告の図2)。
コンバータは、直流コンデンサの電圧を細かく切り刻んで交流の電圧 \(V_c\) を作る。主変圧器の巻線側の電圧を \(V_s\) とすると、その差が変圧器の漏れインダクタンス \(L\) にかかって電流が決まる。
$$I = \frac{V_s - V_c}{j\omega L}$$
\(V_s\) は架線が決めるが、\(V_c\) の大きさと位相はコンバータが選べる。だから電流の位相も選べる。
進み電流を取るには、\(V_c\) のうち \(V_s\) と同じ向きの成分を、\(V_s\) より大きく作ればよい(図6)。力率1でも \(V_c\) の大きさは \(V_s\) よりわずかに大きいので、大きさだけでは決まらない。図6でいえば、\(V_c\) の矢印の先が \(V_s\) の先より右に出れば、進み電流になる。同期調相機(無負荷で回す同期電動機)の界磁を強めて(過励磁)、内部で作る電圧を端子の電圧より高くすると、進み電流を取って系統に遅れ無効電力を供給する。それと同じ関係である。
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| 図6 コンバータの電圧と電流の関係。\(V_s=1\)、\(\omega LI=0.3\) とした説明用の値。下の目盛は \(V_c\) の横向きの成分で、(a) では \(V_s\) と同じ1.00、(b) では1.21と \(V_s\) より大きい。 |
従来のCIが力率1で電流を取るしくみは、N700系の主変換装置の制御ブロック図(富士電機、2006年)に描かれている。
簡略にすると図7のようになる。まず、主変圧器の三次巻線の電圧をPLL(位相同期回路)に通して、架線電圧と同じ位相の正弦波 \(\sin\theta\) を作る。次に、直流コンデンサの電圧を設定値に保つための調節部が、取るべき電流の振幅を決める。この振幅に \(\sin\theta\) を掛けたものが二次電流の指令で、二次電流調節部が実際の電流をこれに合わせる。指令が電圧と同じ位相の正弦波なので、力率は1になる。
FVRTCは、この電流の指令に「電圧より90°進んだ成分」を足すことになる。式で書けば次の形である。2025年報告は無効電流の指令値を作る部分(第5節の図12)までしか示していないので、それがコンバータの制御のどこに入るかは書かれていない。
この式と図7の緑の破線は筆者の説明である。
$$i^*(t)=\sqrt{2}\left(I_p^*\sin\omega t + I_q^*\cos\omega t\right),\qquad I_q^*=I_p^*\tan\varphi$$
コンデンサを入れたり切ったりする機械的な操作はなく、数値の指令を変えるだけなので、連続的に、すばやく変えられる。2025年報告は、既に搭載されているCIに適用するため、変更はソフトウェアだけにしたとしている。
架線へ何が戻るのか。
力率1の電流は、電圧と同じ時刻に山と谷を迎える。だから電圧と電流の積、つまり瞬時の電力は常に正で、電力はいつも架線から車両へ流れる(図8(a))。進み電流では、電流の山が電圧より先に来る。電圧と電流の符号が食い違う時間帯ができ、その間だけ瞬時の電力が負になる(図8(b)の緑の部分)。この時間帯には、エネルギーが車両から架線へ流れている。1周期のうちに占める割合は \(\varphi/\pi\) で、力率0.97で約8%、0.93で約12%、0.7で約25%である。
戻っているのは、CIの直流コンデンサに蓄えられた電界のエネルギーである。少し前の時間帯に架線から受け取ったものを返しているので、1サイクルで平均すればゼロになる。これは回生ではない。
回生ブレーキでは平均の電力が負になり、列車の運動エネルギーが正味で架線へ移り続ける。FVRTCの列車は、正味では架線から電力を受け取り続けている。この違いを図9に並べて示す。
上段の破線は、インバータの先で主電動機が使う電力である。ノッチが一定なら、時間によらず一定と見てよい。一方、単相交流の瞬時の電力は、力率1でも1サイクルに2回、ゼロと山の間を往復する((a))。この差を埋めているのが直流コンデンサで、瞬時の電力が破線より大きいときに充電し、小さいときに放電する(中段)。つまり直流コンデンサは、力率1のときから充電と放電を繰り返している。
進み電流を取ると、瞬時の電力の振れが大きくなり、谷の一部が負になる((b)の緑)。その時間帯には、直流コンデンサが主電動機へ電力を送りながら、架線へも電力を戻している。中段で(b)の振れが大きいのはそのためである。それでも中段の曲線は、どの場合も1サイクルごとに元の高さへ戻る。直流コンデンサに出入りするエネルギーは、平均すればゼロである。
違いは下段に現れる。(b)では、半サイクルごとに(a)より7%多く受け取り、その7%を架線へ戻す。差し引きは(a)と同じ1で、正味では受け取り続けている。(c)の回生では受け取りがなく、戻すだけになる。差し引きが負で、主電動機が発電した電力、つまり列車の運動エネルギーが架線へ移り続ける。
瞬時の電力が負になる時間があること自体は(b)と(c)に共通で、違うのは差し引きの符号である。(b)は見やすいように最も進めた力率0.7で描いた。標準的な電圧での力率0.97では、戻す量は受け取る量の0.2%ほどしかない(筆者の計算)。
なお、交流の電流はもともと半サイクルごとに向きを変えるので、電流が逆向きに流れること自体に意味があるわけではない。逆になるのは、電圧と電流の積、つまり瞬時の電力の向きである。
受け取るのは経路のリアクタンスである。
架線・き電用変圧器・送電線はインダクタンスを持ち、電流が流れるたびにその周りの磁界にエネルギーを蓄え、半サイクル後に吐き出す。このやり取りの大きさが、リアクタンスの消費する無効電力 \(I^2X\) である。力率1では、このエネルギーは変電所の側から長い経路を通って運ばれてくる。FVRTCでは、列車の直流コンデンサがそのやり取りの相手を近くで引き受ける。経路を往復する分が減るので、電圧の降下が小さくなる。図2・図4と同じ条件で無効電力の収支を試算すると、次のようになる(筆者の試算)。
・ 力率1:
列車が出す無効電力は0。経路のリアクタンスが5.3Mvarを消費し、それを電源の側がすべて出している。パンタグラフ点電圧は26.7kV。
・ 進み力率0.93:
列車が8.7Mvarを出す。経路のリアクタンスが5.1Mvarを消費し、残りの3.6Mvarは電源の側へ流れ込む。パンタグラフ点電圧は29.1kV。
0.93は進めすぎの例で、経路が必要とする分を超えて電源の側へ押し返している。(筆者の試算)。標準的な電圧で使う0.97は、に抑えているのは、列車の電流が最も小さくなる力率の付近にあたる(第3節。守山ほか、2023年、清水・森、2024年)。
8.7Mvarのとき、4分の1サイクル(約4ミリ秒)ごとに行き来するエネルギーは \(Q/\omega\approx 23\) kJで、これを編成内の各CIの直流コンデンサが分担して出し入れしている。
電力の分野では、進み電流を取る負荷のこのふるまいを「遅れ無効電力を系統に供給する」と言う。コンデンサが無効電力を「発生する」と言うのと同じ言い方である。報告の「進相無効電力を消費する」も、同じふるまいを指している。
直流側から見ると、モータが使う平均の電力は変わらない。変わるのは、1サイクルの中で架線と直流コンデンサの間を行き来する電力の大きさだけである。なお2024年報告によれば、ブレーキ中はFVRTCは動作しない。報告は、その理由を書いていない。
5 どれだけ出すか ―― 制御のしくみ
FVRTCは、各CIが主変圧器の三次巻線の電圧から推定したパンタグラフ点電圧 $V_{tr}$-(以下、推定電圧) に応じて力率を決め、それと有効電流の指令値から無効電流の指令値を計算する。CIは、電流の位相を合わせる基準として、もともと三次巻線の電圧を取り込んでいる(第4節の図7)。FVRTCはこの電圧からパンタグラフ点の電圧を推定する。報告は、直接測らずに推定する理由を書いていない。力率の決め方は図10のとおりである(2025年報告の図2を描き直した。同じ特性は2021年報告の図5に最初に示されている)。

図10の縦軸の値が、電流の波形ではどう違って見えるかを図11に示す。有効電流の成分(青の破線)はどれも同じ大きさにそろえ、無効電流の成分(橙の点線)だけを力率に応じて変えた。
電流(青の実線)は二つの成分の和で、tanφは点線と破線の振幅の比にあたる。電圧が低いほど、電流の山が電圧の山より早く来て、振幅も大きくなる。27〜29kVの力率0.97では、電流は電圧より14°進み、振幅は有効電流の成分の1.03倍である。最も進めた力率0.7では、46°進み、1.43倍になる。ただしこれは有効電流の成分をそろえた図の上での比である。実際には、進み電流で電圧が上がれば有効電流が減るので(第3節)、電流がこの比のまま増えるわけではない。
それぞれの範囲には理由がある(2021年・2025年報告)
・ 27〜29kV(標準的な電圧)で力率を固定する理由:
CIは号車ごとに主変圧器の三次巻線からパンタグラフ点電圧を推定するので、推定値が号車ごとにある範囲で散らばる。電圧に応じて無効電流が大きく変わる特性にすると、推定値が低めに出たCIだけが常に多く出力し、長期的にはそのCIの故障率が偏る。固定すれば、推定値の差を吸収できる。
推定値のばらつきは、CIごとに絶対値で1.5kV程度あることが分かっている(守山ほか、2023年)。2021年報告は、標準的な電圧の範囲で各CIを一律に進み0.97とすることで、CIごとの無効電流の分担の比率をそろえる、としている。
・ 27kV以下でさらに進める理由:
それ以上の電圧低下を抑えるため。2021年報告によれば、電源から列車までのインピーダンスが大きい系統に列車が集中するときは、無効電流を大きくする特性が電圧の安定に必要で、27kV以下では従来のAVRの方式と同様の特性を持たせている。AVRの方式とは、2019年報告の最初の提案で使っていた制御で、電圧の目標値(28kV)と推定電圧の差に応じて無効電流を増減する。地上の電力補償装置で実績のある制御を借りたものである(2019年の方式との詳しい比較は本節の後半)。
・ 29kV以上で1.0に戻す理由:
架線電圧の過度な上昇を抑えるため。進み電流は電圧を押し上げるので、電圧が十分高いところで進め続けると、電圧の管理値の上限30kV(第3節)を超えかねない。進めすぎると、無効電力が電源の側へ押し返される(第4節の力率0.93の例)。
力率0.97の進みでは \(\tan\varphi \approx 0.25\)、つまり無効電流は有効電流の4分の1である。図4で見たとおり、この程度なら電流はむしろ減る側にある。
制御のブロックは図12のとおりである(2025年報告の図1を描き直した)。
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| 同じ構成は2021年報告の図4にある。守山ほか(2023年)の図7はこの部分を「PI制御部」、2023年報告の図1は「PI Controller」、清水・森(2024年)は「比例積分制御」と書いている。一方、2021年・2025年報告のブロック図は比例と一次遅れの並列で、積分の要素はない。2024年報告の図1も、比例+一次遅れと書いている。本稿は後者に従った。 |
・ 有効電流の指令Prefを掛ける:
無効電流が、その列車の有効電流に比例する。重い列車ほど多く出し、有効電流がほぼ零の惰行中の列車はほとんど出さないことになる。列車同士で通信しなくても、補償の分担が負荷に応じてそろう(2019年報告)。
・ 比例と一次遅れを並べる:
比例の1.8/21.8と一次遅れの20/21.8を足すと1になるので、落ち着いた値は入力そのままで、急な変化だけがならされる(時定数0.5秒)。21.8は、2019年の方式で自動電圧調整部(AVR)が持っていた比例ゲイン1.8と一次遅れのゲイン20の和で、2021年報告はこれを「AVRの等価ゲイン」と呼んでいる。新しい方式は、比例と一次遅れの比(1.8対20)を受け継ぎ、全体を21.8で割って、落ち着いた値の倍率を1にしたことになる(この見方は筆者)。比例と一次遅れを付けた目的を、2021年報告は「無効電流の過渡変化に対する電圧の安定性を確保する」ためとしている。
・ LVGと上限Qrefmax:
Qrefmaxは、2025年報告の記号説明(英文)で「無効電流指令値の上限値」(Reactive current upper limit command value、単位はpu)とされている量である。LVG(Low Value Gate)は、計算してきた指令値とQrefmaxのうち小さいほうを出力する。つまり無効電流の指令は、どんなに電圧が下がってもQrefmaxを超えない。2025年報告の試験では、電圧が27kVを下回って指令が増えたときも「Qrefmaxを超過しない範囲で」増えたとしている。2021年報告の解析ではQrefmaxを0.368puとしている。この解析は、1編成の容量を4台のCIが4分の1ずつ持つ条件で行われており、図の上ではCI 1台あたりの無効電流の上限を0.092puと書いている。0.092puは0.368puの4分の1にあたる(筆者の計算)。報告は0.092puを「CIの容量設定と出力リミッタの関係から」決めたとしているが、営業車での値は、どの報告にも書かれていない。2019年の方式では同じ役目を \(\sqrt{1-P_{ref}^2}\) が担っており、有効電流を優先したうえで、皮相電流がコンバータの定格電流(1pu)を超えない範囲に無効電流を収めていた。2021年報告はこのリミッタを削除した。有効電流の指令Prefが1.0puに近づくと、無効電流の指令が急に0puに近づくことがあり、電圧の安定に悪影響を及ぼすからである。皮相電流が定格を超えないことは、CIが従来から持つ皮相電流のリミッタで守れる、としている。なお有効電流そのものは制限しない(2025年報告)。
この制御は、最初からこの形だったわけではない。2019年報告の提案と、2021年報告で考案され2023〜2025年報告でつかわれている方式を項目ごとに比べると次のようになる。
・ 無効電流の大もと:
2019年は、電圧指令Vref(28kV)とパンタグラフ点電圧の差から、自動電圧調整部(AVR)で計算した。2021年以降は、推定電圧から力率を決める特性(図10)による
・ 分担のそろえ方:
どちらも有効電流指令Prefを掛ける
・ 力率の扱い:
2019年は、固定力率から決めるtanφを掛けて、入力力率をある値より下げないようにした。2023年以降は、力率そのものを電圧で決める
・ ならし:
2019年は、AVRに比例(ゲイン1.8)と一次遅れ(ゲイン20、時定数2.0秒)。2023年以降は、比例1.8/21.8と一次遅れ20/21.8(時定数0.5秒)
・ 上限:
2019年は、皮相電流が定格を超えないよう \(\sqrt{1-P_{ref}^2}\) で制限した(有効電流優先)。2021年以降は、LVGで上限Qrefmax
電圧の取り方:
どちらも、各CIが主変圧器の三次巻線の電圧から個別に推定した値を使う。2019年報告は「パンタグラフ点電圧Vtrを計測し」と書いているが、2021年報告は、AVRの方式でもVtrには各CIが個別に推定した値を入力するとしている
方式を変えた理由は、推定値の散らばりである。
2021年の清水ほかの報告は、パンタグラフ点電圧の推定値がCIごとに真の値から−3%〜+2%ずれる、という前提を置いた。そのうえで、ずれの違う4台のCI(−3%、−1.5%、±0%、+2%。それぞれ編成の4分の1の容量)を載せた列車1本(22MWの定電力負荷)を、AVRの方式で解析した。負荷が掛かって電圧が下がると、推定値が28kVを下回った2台(−3%と−1.5%)だけが無効電流を出し、推定値が28kV以上にとどまった2台(±0%と+2%)はほとんど出さなかった。しかも2台の出力の差は、推定値の差よりずっと大きくなった。AVRの等価ゲインが21.8倍あるためである。
一部のCIが多くの無効電流を背負うと、困ったことが起きる。編成全体で見れば、補償で電圧が上がって有効電流が減るので、皮相電流は減る(第3節)。しかし背負ったCIだけを見ると、無効電流の増え方が有効電流の減り方を上回り、皮相電流が増える恐れがある(2021年報告)。
電圧が上がって有効電流が減る効果は、編成のすべてのCIに等しく及ぶ。ところが無効電流は一部のCIだけが背負うので、そのCIでは、無効電流の増え方が自分の有効電流の減り方を上回ってしまう(この説明は筆者)。そこで報告は、2018年・2019年報告以来の考え方の一つ「列車が消費する進相無効電流は、電力補償装置で実績のある交流電圧制御部を用いる方法により決定し」を必須としないことにした。電圧を目標の28kVに合わせる制御をやめ、推定電圧に応じて力率を決める制御を考案したのである。
同じ条件で解析すると、−3%、−1.5%、±0%の3台の無効電流の指令はほぼそろい、+2%の1台だけが少なくなった。+2%のCIは推定値が29kVを上回り、力率を1に近づけたためである。それでも、AVRの方式よりCIごとの散らばりは小さい。パンタグラフ点電圧も、AVRの方式より高く保たれた(図からの読み取りで、約28.3kVに対して約28.8kV)。27〜29kVで力率を進み0.97に固定したことが効いている。比例の1.8と一次遅れの20という数字が両方式に共通して現れるのは、新しい方式がAVRのゲインを受け継いだためと考えられる(筆者の見方。上の箇条書き)。
推定値はなぜ散らばるのか。 本当のパンタグラフ点電圧は、編成の屋根上の高圧引き通しでほぼ共通である(第6節)。それでも推定値が散らばるのは、各CIが主変圧器の三次巻線の電圧から推定しているからである(2025年報告)。三次巻線は補助電源装置や空調装置へ電力を送る巻線で(富士電機、2006年)、N700Sでは二次巻線がAC1500VでCIへ、三次巻線がAC440Vで補助電源装置へつながる(2020年の電池自走の報告の図2)。CIはもともと三次巻線の電圧を、電流の位相を合わせるための基準として取り込んでいる(図7。N700系の例)。
主変圧器は4両のユニットごとに1台なので(第6節の図13)、同じユニットのCIは同じ主変圧器の三次電圧を見ている。そうであれば、ユニットの中での推定値の違いは主に計測の誤差、ユニットの間での違いには、主変圧器ごとに受け持つ電流の違いによる巻線の電圧降下の違いも加わる、と考えられる。これは筆者の推論である。
ばらつきの大きさは、守山ほか(2023年)に「主変換装置ごとに1次電圧推定値が絶対値で1.5kV程度ばらつくことが判明した」とある。1.5kVは30kVの5%にあたり、2021年報告が前提とした真の値に対する−3%〜+2%と同じ程度の大きさである(筆者の計算)。ただし、1.5kVがばらつきの幅なのか、真の値からのずれの大きさなのかは書かれていない。しかし原因は、2021年・2025年報告にも守山ほか(2023年)にも書かれていない。
6 編成の中で、列車同士で、取り合わないか
新幹線の編成は、パンタグラフから高圧引き通しで全車両の主変圧器がつながっている。その上で各CIが独立に制御するので、互いに乱し合わないかが気になる。
報告の答えは「取り合わない」である。2019年の解析では、3本の列車の間で進み無効電流を相互にやり取りすることなく、安定に分担できたとしている。2025年の本線試験では、FVRTCを使う2編成を同じき電区間で同時に加速させたところ、両編成の推定電圧がほぼ同じだったので、無効電流の指令値もほぼ同じになった。セクション通過やノッチの変化で一時的な応答はあったが、すぐに収まっている。FVRTCを使わない編成と一緒に走らせた試験でも、どちらの編成の有効電流の制御にも影響は出なかった。
取り合わない理由は、筆者は次のように考えている。CIは「入力電流をこの波形にせよ」という指令を追いかける、いわば電流源として振る舞う。電圧源(変電所の変圧器など)を並べると、わずかな電圧差で横流が流れるが、電流源をいくつ並べても、各々の電流が足し合わされるだけである。気をつけるべきなのはむしろ、全CIが同じ電圧を見て一斉に動くことによる行き過ぎで、一次遅れのならしと力率の固定は、その効きを鈍らせる向きに働く。
架線から見えるのは、編成内のCIの電流の合計である。
高圧引き通しは短く、インピーダンスが小さいので、どのCIもほぼ同じ電圧を受ける。各CIの電流はそこで足し合わされ、パンタグラフを通って架線へ流れる。架線や変電所から見れば、編成は一つの負荷で、その力率は次の式で決まる。
$$\tan\varphi_{\text{編成}} = \frac{\sum_k I_{q,k}}{\sum_k I_{p,k}}$$
つまり架線から見た力率は、各CIの \(\tan\varphi\) を有効電流で重み付けした平均になる。たとえば同じ有効電流を取る二つのCIが、力率0.97(\(\tan\varphi=0.25\))と0.93(\(\tan\varphi=0.40\))で動けば、編成としては \(\tan\varphi=0.325\)、力率0.951である。架線電圧を支える効果は、この合計で決まる。個々のCIのばらつきは、架線の側ではならされて見えない。
ばらつきが問題になるのは、機器の側である。
架線への効果が同じでも、推定値が散らばれば、あるCIは常に多く無効電流を背負い、別のCIは楽をする。長く使えば、背負った側の素子や直流コンデンサが先に傷む。第5節で見た力率の固定は、これを防ぎ、全CIに同じ割合で負担させるための工夫である。
編成の中には、CIが14台、主変圧器が4台ある(図13)。
N700系では、4両を1ユニットとし、4ユニットで16両を組む。両端の付随車を含む第1・第4ユニットは電動車が3両(3M1T)、第2・第3ユニットは4両(4M)である。主変圧器は各ユニットに1台で、二次巻線を4分割した5,600kVA(TTM4形)と3分割した4,350kVA(TTM5形)を2台ずつ載せている(富士電機、2006年)。分割した二次巻線の一つひとつにCIが1台つながり、CI 1台が主電動機4台を駆動する。
主変圧器を載せた電動車にはCIがなく、その主電動機は隣の電動車に載せた2台目のCIが駆動する(2010年の福島の報告。同じ配置はJR東海の2017年の講演資料にも、N700系の試験車の図として描かれている。N700Aも同じで、主変換装置が主変圧器を載せた車両に積めるほど小さくないため、別の車両に載せている(佐藤・濱島、2022年)。図13(a))。JR東海の2017年の講演資料は、これを「編成出力を向上させるため、MTr搭載車は隣接号車にCIを搭載」(MTrは主変圧器)と説明している。
N700Sでは、主変圧器を載せた車両にもCIを載せ、電動車1両にCIが1台になった(図13(b))。2017年の講演資料は、標準車両として床下の機器配置を「変圧器なし」と「変圧器あり」の2種類の中間車にまとめ、16両編成を「変圧器あり」の4両(3・6・11・14号車)と「変圧器なし」の10両で組むと示している。どちらにもCIがあり、これで「隣接号車への往復の主回路及び制御回路配線を削減」したとする。主変圧器の二次巻線を3分割または4分割し、それぞれにCIを1台つなぐのはN700系と同じである(富士電機、2020年)。つまりN700系・N700AでもN700Sでも、編成のCIは14台、主変圧器は4台で、ユニットごとのCIは3台・4台・4台・3台になる。N700Sについては、清水・森(2024年)の図1にも「1編成(16両)に14台搭載」とある。
N700Sでは、主変圧器を載せた車両のCIだけ、素子が違う。
編成の中のCIは、すべて同じ装置というわけではない(以下、この段落はFVRTCとは直接関係しない)。N700Sのコンバータとインバータには、どちらもSiC素子を使う。SiC素子のモジュールには、IGBTとSiC-SBDを組み合わせたハイブリッドSiCと、SiC-MOSFETとSiC-SBDを組み合わせたフルSiCの2種類がある。
N700Sの営業車は両方を採用し、主変圧器を搭載した重量の大きい車両に、フルSiCを使ったCIを載せている(佐藤・濱島、2022年)。フルSiCは熱損失がより小さく、冷却体をさらに軽くできるからである。IGBTと比べた熱損失は、ハイブリッドSiCで約30%小さい。(2018年のJ-RAIL論文)。主変圧器を載せた車両は、編成表では3・6・11・14号車にあたる。残る10両はハイブリッドSiCのCIである(図13(b))。
N700SのCIは、レール方向の寸法が約2,200mmから約1,000mmへと半分以下になり、質量もN700系より約20%軽くなって、主変圧器と同じ車両に載せられるようになった。ハイブリッドSiCとフルSiCのCIは、構造的にも電気的にも互換があるように設計されている(2018年のJ-RAIL論文)。床下の構造は、N700Aの8種類から4種類に減った(同)。
各CIが主変圧器の二次巻線を1組ずつ専用に持つことは、CI同士が互いに乱し合わないことにも効いていると考えられる。富士電機の2006年の記事は、PWMコンバータ用の主変圧器の設計条件として、PWM制御の安定性と高調波抑制の面から「二次巻線の高インダクタンス化」と「二次巻線間の疎結合化」を挙げている。二次巻線同士の結合が弱ければ、一つのCIの電流の変化は、隣の巻線にほとんど伝わらない。ただし、これは筆者の推論で富士電機の記事は、疎結合をPWM制御の安定性と高調波抑制のための条件として挙げているだけで、CI同士の干渉には触れていない。
余談 ―― 空いたスペースに、自走用のリチウムイオン電池を積んだ。 CIと主電動機を小さく軽くして生まれた床下のスペースと重量の余裕を使って、N700Sは大容量のリチウムイオン電池を積み、架線が停電しても自力で走れるようにした(2018年のJ-RAIL論文、2020年の電池自走の報告)。地震などで長い停電が起きたとき、トンネルや橋りょうの上で止まった列車を、乗客が避難しやすい場所まで動かすためで、高速鉄道では世界初のシステムとされる。
電池は、安全性を最優先して、負極にチタン酸リチウムを使ったものを選んでいる。内部短絡を物性的に防止でき、万一異物の混入などで短絡しても、穏やかな放電反応で済むからである。台数は、勾配での起動と電池装置1台あたりの起動引張力から、編成に8台とした。電池装置の中には2重系の保護機能があり、異常を検知すると電池を瞬時に回路から切り離す(2020年の報告)。
回路は図14のとおりである。通常の走行では、主変圧器の三次巻線から補助電源装置(APU)を通して電池を充電する。自走のときは、電池のDC750VをCIの直流リンク(通常はDC3000V)につなぎ、インバータで主電動機を回す。主電動機を冷やすブロアと空気圧縮機にも、電池から電力を送る。速度は30km/h以下である。三島車両所構内での試験では、N700S確認試験車の4両に電池装置を積み、約30km/hで走れることを確かめた。0〜3km/hは勾配での起動を考えた最大のトルクを出し、3km/hを超えると電池の出力を一定にする特性である(2020年の報告)。16両編成に8台を積んだ営業車は、東京から新大阪までのすべてのトンネルや橋りょうから脱出できるとされる(佐藤・濱島、2022年)。

7 解析と実車試験の結果
FVRTCの効果を確かめた解析と試験を次にまとめ、最低電圧を比べられるものを図15に示す。2023年報告は、FVRTCを全編成に載せたときに地上の設備をどこまで減らせるかを検討した報告で、その内容は別稿で扱う。
・ 2018年・解析(焼津SS〜安倍川SP):
列車1本22MW、送電線1回線停止。進めるほど電圧が上がり、力率0.93までは電流も力率1より小さい
・ 2019年・解析(焼津SS〜安倍川SP):
送電線1回線停止の条件。最低電圧は、従来の制御では25.2kV、CIで補償すると27.6kVに上がり、皮相電流も減った。ただし両者では新菊川SSのRPCの条件が違い、従来の制御ではRPCをSVC-Tモードで運転し、CIで補償した場合は止めている。新菊川SSは焼津SSの隣の変電所である。つまり27.6kVへの改善は、隣の変電所のRPCが電圧を支える働きを止めたうえでの値である。報告は、条件を変えた理由を書いていない
・ 2021年・解説記事の解析(区間名の記載なし):
列車1本22MW。推定値が真の値から−3%〜+2%ずれた4台のCIを載せた。力率を決める方式で、CIごとの無効電流の散らばりを抑えられた(第5節)
・ 2023年・解析(区間名の記載なし。守山ほか、2023年):
同じき電区間に3編成(22MWが1本、10MWが2本)。22MWの列車には、推定値が真の値から−3%、−1.5%、±0%、+2%ずれた4台のCIを載せた。パンタグラフ点電圧は、FVRTCなしの25.76kV・26.21kV・26.84kVが、FVRTCありで27.93kV・28.08kV・28.30kVになり、22MWの列車で約2.2kV上がった。4台のCIの無効電流はほぼ等しくなった
・ 2024年・実車試験(2編成)(新高塚SS〜二川SS清水・森(2024年)によれば浜松駅〜豊橋駅間):
:N700S確認試験車と、ほかのN700S 1編成を、夜間に同時に走らせた。条件を厳しくした試験系統で、新高塚SSのRPCは停止。1編成搭載で25.8kV、2編成搭載で27.8kV。不安定な現象はなかった
・ 2025年・本線試験(3種)(区間名の記載なし):
単独、搭載編成と非搭載編成、搭載2編成の3種。有効性を確認し、有効電流の制御への影響はなかった
2024年の試験系統は、電力会社変電所の専用変圧器を1台停止、送電線を1回線停止、専用変圧器が1台で運転するときに入る直列コンデンサを短絡(入れる理由は報告に書かれていない)、二川SSから新高塚SSへの延長き電、という、電圧が下がりやすい条件を意図的に作ったものである。
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| 図15 最低電圧の比較。2019年は解析でのパンタグラフ点電圧、2024年は実車試験でのき電末端(新高塚SS)の電圧。2019年の左は従来の制御で新菊川SSのRPCを運転した条件、右はCIで補償し同RPCを停止した条件である。2024年の左は「FVRTCなし」ではなく「2編成のうち1編成だけ搭載」である。 |
2024年の試験では、時刻の断面だけでなく、き電している変電所(二川SS)が送り出す電力と、き電末端(新高塚SS)の電圧の関係(P-Vカーブ)で効果を示している。図16はその傾向を筆者が模式化したものである。送る電力が同じでも、FVRTCを使う編成が多いほど電圧の下がり方が小さい。
8 「走る変電所」か ―― RPCとの違い
RPCは、変電所のM座とT座のき電回路を、直流側を共有する2台の変換器で背中合わせにつないだ装置である。運転のしかたには、M座・T座間で有効電力を融通して三相側を平衡化する(第1節で見た、単相の負荷による三相の偏りを、二つの座の間で有効電力をやり取りして小さくする)モードと、無効電力で電圧を支えるモードがある(2023年報告の「RPCモード」「SVC-Tモード」)。当ブログ#1492では、これを電力融通モード、SVC-Vモード、SVC-Qモードの三つに整理している。電力融通モード以外の二つが、無効電力で電圧を支えるモードにあたる。
FVRTCが代われるのは、このうち電圧を支える働きだけである。項目ごとに比べると次のようになる。
・ 置き場所:
RPCは変電所のき電母線、FVRTCは各車両のCI(列車のいる位置)
・ M座・T座間の有効電力の融通:
RPCはできる。FVRTCはできない(列車は一方の座にしかいない)
・ 電圧を支える無効電力:
どちらも出せる。FVRTCは力行中のみ
・ 出す量の決まり方:
RPCはき電母線の電圧など、FVRTCは推定したパンタグラフ点電圧と自分の有効電流
・ 容量:
RPCは専用(2019年・2023年・2024年報告に出てくるRPCは20〜50MVA)、FVRTCはCIの電流の余裕分(上限Qrefmax)
・ 停車・惰行・ブレーキ中:
RPCは関係なく出せる。FVRTCは出さない(ブレーキ中は2024年報告に明記。惰行・停車はPrefを掛けるため零に近くなる)
・ 必要な機器:
RPCは変換器と変換用変圧器、FVRTCはなし(ソフトウェアの変更のみ)
FVRTCの強みは、電圧が下がっている場所、つまり重い列車のいる場所で、その列車の負荷に見合った分だけ補償が出ることである。RPCは変電所のき電母線の電圧を支えるので、そこから先の架線での降下は補えない(この比較は筆者の説明)。
弱みは、列車が電力を取っていなければ補償も出ないことと、上限がCIの余裕分に限られることである。2025年報告も、FVRTCの要件の一つに、地上の電力補償装置と協調して制御できることを挙げている。地上設備はなくなるのではなく、役割を分け合うことになる。
まとめ
・ FVRTCは、新幹線車両のCIに進み無効電流を取らせて、架線電圧の降下を打ち消す機能である。き電回路のリアクタンスが大きいので、少しの進み電流がよく効く。
・ 新幹線の負荷は定電力なので、電圧が上がれば有効電流が減る。適度な進み力率なら、車両の電流はむしろ減る(2018・2019年報告)。
・ 標準的な電圧では力率を進み0.97に固定し、電圧が下がればさらに進め、上がれば1.0に戻す。無効電流は各列車の有効電流に比例させ、列車同士の通信なしに分担をそろえる。
・ 変更はソフトウェアだけで、機器の容量はそのまま。ブレーキ中は動作しない。
・ 2編成の実車試験と本線試験で、効果と安定性が確認された。
・ FVRTCは「走る変電所」ではなく、RPCの電圧を支える働きだけを、走っている列車ごとに分散して持たせたものである。
変電所やき電区分所の削減、電力補償装置の廃止は、現物調査の私にとっては、避けたい内容。
付記 焼津SSの系統定数の報告ごとの違い
焼津SSの系統定数は、報告によって値が違う。項目ごとに並べると次のとおりである(2018年報告と2019年報告はそれぞれの表1、2023年報告は表2による)。
・ 電源からき電母線まで(30kV換算):
2018年・2019年報告は1.08+j5.72Ω(大きさ5.82Ω)、2023年報告は0.99+j5.96Ω(大きさ6.04Ω)。大きさは筆者の計算
・ き電用変圧器:
2018年報告は記載なし。2019年・2023年報告は、焼津SSのき電用変圧器としてT座 j1.454Ω・M座 j1.476Ωを示す。2023年報告は解析の条件として「焼津SSのFTr(き電用変圧器)は2台とする」と書くが、実際の焼津SSにあるのは三巻線のスコット結線変圧器1台で(筆者の現地確認。二次側のブッシングが、通常のスコット結線変圧器の4本に対して8本ある)、構内に2台を置く場所もない。同報告は栗東SS・岩渕SSについても「FTrは2台運転とする」と書いており、3変電所に共通の解析の条件と見られる。2台とした理由は書かれていない
・ 架線のインピーダンス:
2018年報告だけが0.049+j0.2Ω/kmを示す。2019年・2023年報告は記載なし
・ 送電線の条件:
2018年報告は1回線使用(1回線停止)、2019年報告は1回線停止、2023年報告は1回線送電
・ き電用変圧器の1次側タップ:
2018年報告は80.5kV(無負荷時28.7kV)、2019年報告は80.5kV、2023年報告は記載なし
・ 並列コンデンサ:
2018年報告は記載なし、2019年報告はT座のき電母線に10MVA(運転)、2023年報告はM座・T座のき電母線にあるが模擬しない
電源側の値は、2023年報告のほうが抵抗分が0.09Ω小さく、リアクタンス分が0.24Ω大きい。送電線の条件はどれも1回線で同じなので、その違いでは説明できない。報告は理由を書いておらず、値の出どころ(電力会社から示された系統インピーダンスを30kVに換算したものか、など)も書いていない。いずれも解析に入れる系統定数で、測定値として示されているわけではない。
換算の前提が違うだけなら抵抗分とリアクタンス分は同じ比率で変わるはずだが、抵抗分は0.917倍、リアクタンス分は1.042倍と逆向きに動いているので、それだけでは説明できない。なお、どちらの値を使っても結果はほとんど変わらない。図2・図4と同じ条件で電源側の値だけを差し替えると、パンタグラフ点電圧は力率1で26.67kVと26.70kV、進み力率0.97で28.27kVと28.35kVで、差は0.1kVに届かない(筆者の試算)。なお2018年報告の表にはき電用変圧器の行がない。
文献
・ 久野村健・古関隆章「複数の電力変換装置を用いた新幹線き電システムの交流電圧制御の安定性解析」電気学会論文誌D, Vol.130, No.4, pp.536-543(2010)
・ 久野村健・佐藤賢司・清水俊匡・丸野雄也「新幹線車両主変換装置による電車線電圧降下補償制御の検討」平成30年電気学会産業応用部門大会 5-19, pp.V-239–V-240(2018)
・ 清水俊匡・久野村健・佐藤賢司・加藤宏和「新幹線車両主変換装置による電車線電圧降下補償の制御方法の検討」2019年電気学会産業応用部門大会 5-17, pp.V-213–V-216(2019)
・ 清水俊匡・久野村健・佐藤賢司・高見俊彰・山際拓弥・大西晴菜「パンタグラフ点電圧推定値の偏差を考慮した新幹線車両主変換装置による電車線電圧降下補償制御の検討」2021年電気学会産業応用部門大会 5-9, pp.V-139–V-142(2021)
・ 内山雄斗・清水俊匡・守山浩史・久野村健「新幹線車両架線電圧維持機能による地上設備の削減検討」2023年電気学会産業応用部門大会 5-26, pp.V-209–V-212(2023)
・ 内山雄斗・森優太・久野村健・田中英允・浦中勉・高見俊彰・濱島豊和・清水俊匡・守山浩史「実車試験による新幹線車両架線電圧維持機能の実証」2024年電気学会産業応用部門大会 5-24, pp.V-161–V-164(2024)
・ 森優太・久野村健・田中英允・浦中勉・濱島豊和・高見俊彰・清水俊匡・内山雄斗・大西晴菜「新幹線車両で架線電圧を維持する機能の本線評価」2025年電気学会産業応用部門大会 5-51, pp.V-323–V-326(2025)
・ 東海旅客鉄道「新幹線車両による架線電圧を維持する機能の開発について」報道発表資料(2022年6月16日)
・ 守山浩史・久野村健・田中英允・清水俊匡・髙見俊彰・濱島豊和(東海旅客鉄道)「新幹線車両で架線電圧を維持する機能の開発」鉄道と電気技術 Vol.34 No.3, pp.24-30(2023)
・ 清水俊匡・森優太(東海旅客鉄道)「新幹線車両架線電圧維持機能の開発と電源設備のスリム化」JREA Vol.67 No.12, pp.28-31(2024)
車両の構成について
・ 福島隆文(東海旅客鉄道)「新幹線用走行風冷却主変換装置の開発と実用化」電気学会 交通・電気鉄道/フィジカルセンサ合同研究会資料 TER-10-007/PHS-10-007, pp.39-43(2010年2月1日)
・ 井上亮二・坂本守・神田淳(富士電機システムズ)「N700系新幹線車両用主回路システム」富士時報 Vol.79 No.2, pp.110-117(2006)
・ 上野雅之(東海旅客鉄道)「N700Sにおける新技術の紹介 ~技術開発成果による新技術の採用 徹底した小型軽量化による標準車両の実現~」J-Rail 2017 特別セッション講演資料(2017年12月13日)
・ 小林宣之(富士電機)「東海旅客鉄道株式会社向けN700S新幹線電車用電機品」富士電機技報 2020-S06(2020年11月13日Web公開)
・ 佐藤賢司・福島隆文・加藤宏和・田中慎一郎・竹前俊明(東海旅客鉄道)「N700S駆動システムの開発」日本機械学会 第25回鉄道技術連合シンポジウム(J-RAIL2018)講演論文集 3407(2018)
・ 佐藤賢司・福島隆文・加藤宏和・小田耕太郎・瀬尾哲平・山崎実(東海旅客鉄道)「N700S新幹線車両用バッテリ自走システムの開発」令和2年電気学会全国大会 4-126, p.205(2020)
・ 佐藤賢司・濱島豊和(東海旅客鉄道)「N700S新幹線車両のSiC素子を適用した駆動システム」豊田自動織機技報 No.73, pp.40-44(2022)
・ ウィキペディア「新幹線N700S系電車」(編成表)